JAはだののあゆみ

JAはだの発足

 秦野市農協は1963年(昭和38年) 8月 1日、市内の大根農協、本町農協、東秦野農協、南秦野農協、北秦野農協の5農協が合併して誕生しました。この時の組合員は2,560名(正2,208名、准352名)でした。1966年(昭和41年) 3月 1日には市内の秦野市農協と西秦野農協、上秦野農協が二次合併し、現在の秦野市農協になり秦野市内の農協は完全に一本化され、組合員は3,943名(正2,986名、准957名)となりました。

「JAはだの」あゆみ

1963年 (S38) 

秦野市農協設立、組合員2,560名で組合長に高橋角蔵氏が就任(8月)、「農協だより」第1号を発行(8月)、プロパン業務(12月)を開始。

1964年 (S39) 

第1回通常総会を本町中体育館で開催(4月)、柑橘部が4月に発足、引き続き養鶏、酪農、養豚、野菜など各部会の組織化がすすむ。設立1周年式挙行(7月) 、鶴巻出張所を開設(12月)、一日皆貯金日を初めて実施。(12月)

1965年 (S40) 

本町支所内で洗選卵場事業を開始。(12月)

1966年 (S41) 

市農協に西、上秦野農協が合併、組合員3,943名となり市内一農協となる。(3月)、南支所事務所が完成(3月)、東名高速道路用地交渉が妥結(9月)、自動車共済の取扱開始(10月)、大根、上支所の事務所が完成。(11月)

1967年 (S42) 

育成センターが完成(5月)、法務相談を開始。(7月)

1968年 (S43)

柑橘中継集荷所が名古木に完成(4月)、第1回組合員訪問日を実施(8月26日)、本町でテストケースとして麦の集荷に紙袋を使用、この年の4麦の集荷実績96,397袋(大麦、ビール麦は50kg、小麦・裸麦は60kgで1袋)と最高を記録、設立5周年記念大会を挙行。(9月)

1969年 (S44) 

有線が市内一円の自動中継を開始(4月)、移動購買車「のんちゃん号」が初めて東・北・西地区を運行(7月)、新都市計画法による線引きに対する座談会を62会場で実施(9月)、本所事務所建設用地(平沢)を取得。

1970年 (S45) 

税務相談を開始(2月)、駅前に特産コーナーを開設(10月)、全支所で麦の集荷を麻袋から紙袋に切り替える。

1971年 (S46) 

農業者年金がスタート(3月)、役職員向けに「農協週報」の第1号発行(7月)、宅地建物取引業者免許取得(8月)、くみあいストアーを開設(10月)

1972年 (S47) 

菩提に荒茶工場が完成(5月)、平沢に本所事務所が完成(6月)、結婚式場がオープン(9月)、有線が自動化となりダイヤル通話開始(9月)、貯金業務を電算機に移行。(10月)

1973年 (S48) 

組合長に山口勝夫氏が就任(4月)、購買事業の集中配送をめざした集配センターが完成(5月)、農協設立10周年記念式典を挙行(10月)、これが「農業まつり」の基礎となり、以後毎年開催。

1974年 (S49) 

組合員貯金を新設(2月)、鶴巻出張所の新事務所が完成(6月)、本町支所の新事務所が完成(7月)、プロパンガスがメーター制に移行(9月)、共済事業で農林大臣賞、教育文化事業で家の光文化賞を受賞。

1975年 (S50) 

本町支所駐車場がオープン(2月)、有線の公社取り継ぎを中止(3月)、くみあいストアーにかわり葬祭センターを開設(5月)、北支所の新事務所が完成(10月)、「農協だより」が全国機関紙コンクールで最優秀賞を獲得。

1976年 (S51) 

結婚式場1,000組誕生(5月)、西支所の新事務所が完成(9月)、宅地並み課税反対100人地区集会を7会場で実施。(7月~12月)

1977年 (S52) 

酪農ヘルパー制度がスタート(4月)、野菜生産価格補償事業スタート(7月)、農業労災保険を取扱開始、24名が加入(8月)、西支所駐車場が完成(8月)、電算機オンラインへ移行、農協総合口座の取扱開始。(11月)

1978年 (S53)

第1回婦人部大会を開催(2月)、機構改革で5部1室12課となる。(4月)、朝市を西支所で開始(7月)、設立15周年記念式典を挙行。(8月)

1979年 (S54) 

南支所の新事務所が完成(7月)、東支所事務所改修工事完了(7月)、農産物集出荷場が完成(10月)し「秦野みかん」として選果・出荷開始。

1980年 (S55) 

第1回ゲートボール大会(7月)、結婚式場披露宴会場を改装、1日、6コースの披露宴(9月)、第1回菊花展(11月)、貯金300億円・長期共済1,000億円達成大会を開催(12月、市文化会館で都はるみショー、4,000名の組合員が参加)、市内小中学校の学校農園開設に協力。(9校)

1981年 (S56) 

結婚相談所を開設(1月)、全中から優良農協として表彰(3月)、年金共済・年金貯金の取扱開始(4月)、大根支所の新事務所が完成。(8月)

1982年 (S57) 

結婚式場挙式2,000組達成(3月)、はじめて組合員教育特別積立金の積立(4月)、上支所の新事務所が完成。(7月)

1983年 (S58) 

大根支所ガソリンスタンド完成(1月)、組合員教育事業がスタート(6月)「秦野市農協20年史」を発刊、農業機械センターが完成。(8月)

1984年 (S59) 

協同活動顕彰基金発足(4月)、現金自動預け入れ支払機の設置(10月)、第1回健康大会。(7月)

1985年 (S60) 

たばこ部解散。(3月)

1986年 (S61) 

購買事業の電算処理開始(3月)、農業団地センター完成(4月)、特技者登録制度発足(7月)、食文化を考えるつどい。(8月)

1987年 (S62) 

出張所を支店に名称変更(4月)、「秦野駅前農協ビル」着工(6月)、組合員教育事業で初めて国外研修を実施。(1月)

1989年 (H元) 

株式会社 協同コンサルトはだの設立(5月)、冷凍ゆで落花生加工施設竣工(8月) 、第1回生協との地域懇談会。(2月)

1990年 (H2) 

貯金700億円、共済3,000億円達成報告会、経済事業のオンライン化(10月)、結婚式場挙式3,000組達成、本町支所倉庫完成。(2月)

1991年 (H3) 

生産緑地法改正説明会を開催(8月)、秦野市農協農業労災組合(事務組合)として認可(9月)、東京手形交換所に加盟(10月)、給油所のポスレジシステムが稼働開始、組合長に芦川榮氏が就任(11月)、西支所給油所が完成。(12月)

1992年 (H4) 

愛称“JAはだの”スタート(4月)、育成センター廃止(5月)、東支所加工所改修(7月)、婦人部が料理集を発刊(8月)、やさい部会が共販で1億円を達成(12月)、家の光普及率全国一位表彰。(1月)

1993年 (H5) 

移動購買車のんちゃん号さよならセール(3月)、「JAはだの旅行センター」がオープン(5月)、創立30周年、「秦野地方の農と住の記録集」を発刊(8月)、両替業務開始(9月)、第42回農村医学会総会で金井賞を受賞。

1994年 (H6) 

東田原市民農園施設落成式(4月)、第二東名秦野地権者研究会協議会設立(7月)、特産センター渋沢店仮店舗オープン(8月)、平塚・厚木地区農協合併研究会設立(8月)、国債窓口販売業務を開始(9月)、ホームヘルパー3級過程養成研修(47名)終了式(10月)

1995年 (H7) 

ボランティアグループ「虹の会」発足式(3月)、西大竹尾尻特定土地区画整理組合設立(4月)、台湾農業事情視察団出発(第1回目)(6月)、今泉地区土地区画整理組合研究会発会式(7月)、特産センター渋沢店起工式(9月)

1996年 (H8) 

特産センター渋沢店オープン(3月)、組合長に松下雅雄氏が就任、秦野アイス工房プラートオープン、新信用電算システム稼働(4月)、西支所給油所日曜日営業開始(6月)、西支所OTM導入(2月)

1997年 (H9) 

食材宅配「ふれあいフレッシュ便」スタート(4月)、本所朝市スタート(6月)、「JAグリーンはだの」オープン(9月)

1998年 (H10) 

本町支所朝市スタート(5月)、創立35周年記念式典、創立35周年記念写真集『躍進 未来の大地に』を発行(8月)、「JAセレモニーホールはだの」オープン(11月)

1999年 (H11) 

大韓民国知道農協と姉妹農協締結(5月)、大根農産物直売所スタート(8月)、新購買システムスタート(8月)、西地区朝市スタート(2月)

2000年 (H12) 

「JAはだのケアセンター」オープン(4月)、イントラネットスタート(5月)、東支所新事務所完成(10月)

2001年 (H13)

東給油所・購買店舗オープン(3月)、西直売センターオープン(4月)、パソコン教室開講(4月)、「安居院庄七」の小冊子を発行し、本所敷地内に歌碑の建立、新世紀記念モニュメント「大地の刻」を設置(8月)、JAさわやか館会館(10月)

2002年 (H14) 

農地を防災協力地に秦野市と協定を結ぶ(8月)、ファーマーズマーケット「はだのじばさんず」オープン(11月)

2003年 (H15) 

印鑑照会システム稼動(3月)、創立40周年記念式典、創立40周年記念誌「天地の詩」を発行、本所エレベーター竣工(8月)

2004年 (H16) 

「JAデイサービスセンターはだの」オープン(4月)、秦野産「名水はだの米」取扱開始(10月)、貯金1,500億円達成(12月)

2005年 (H17) 

有線放送電話廃止(3月)、Compass-JAシステム稼動(4月)、「はだの都市農業支援センター」開設(12月)、「はだのじばさんず」来店者100万人達成(1月)

2006年 (H18) 

「はだの市民農業塾」開講(4月)、全国統一新信用システム「JASTEM」稼動(5月)

2007年 (H19)

JAはが野女性会と女性組織間の姉妹提携(10月)、「はだのじばさんず」来店者200万人達成(2月)、組合員1万人達成

2008年 (H20)

創立45年記念式典(8月)、大韓民国農協中央会坡州支部と友好農協締結(12月)、「はだのじばさんず」増築(1月)、創立45周年記念「安居院庄七」出版(2月)、煙草音頭歌碑建立(2月)

2009年 (H21)

創立45周年を記念して本所に秦野煙草音頭の歌碑を建立(3月)、代表理事組合長に古谷茂男氏就任(5月)、「はだのじばさんず」来店者300万人達成(11月)

2010年 (H22)

本所玄関前に二宮金次郎像を設置(5月)、携帯メールマガジンの配信がスタート(9月)

2011年 (H23)

はだの版GAP(農業生産工程管理)導入ガイドブックが完成(4月)、組合員や地域住民からの東日本大震災復興義援金を秦野市を通じ日本赤十字社へ寄託(5月)、震災被災地へJA職員(東日本大震災JAグループ支援隊)を派遣(6月)、組合員加入世帯1万戸突破(6月)、「はだのじばさんず」来店者400万人達成(8月)

2012年 (H24)

TPP交渉参加反対運動を展開(3月)、「はだのじばさんず」オープン10周年祭を開催(11月)

2013年 (H25)

「はだのじばさんず」来店者500万人達成(6月)、創立50周年記念式典、創立50周年記念誌を発刊

2014年 (H26)

「はだのじばさんず」の屋根に太陽光パネルを設置(2月)、鶴巻支店新装オープン(9月)

2015年 (H27)

「はだのじばさんず」来店者600万人達成(4月)、代表理事組合長に山口政雄氏就任(5月)

2016年 (H28)

機関紙「JAはだの」のカラーページ導入とホームページ、メール配信サービスのリニューアル(4月)、営農指導員「TAC」の配置(4月)、JA東西しらかわと「友好JA協定」と「災害時の相互支援に関する協定」を締結(8月)

2017年 (H29)

「はだのじばさんず」来店者700万人達成(2月)

2018年 (H30)

本町支所新装オープン(5月)、特産センター秦野店と西直売センターが閉店(8月)、「はだのじばさんず」来店者800万人達成(12月)

2019年 (R1)

生活協同組合パルシステム神奈川ゆめコープと「事業連携を通じた地域振興・地域貢献に関する包括協定」を締結(3月)

2020年 (R2)

秦野駅前支店が南支所に統合し、南支所が新装オープン(2月)、「はだのじばさんず」店内リニューアル(5月)、「はだのじばさんず」来店者900万人達成(12月)

2021年 (R3)

JAはだのケアセンター廃止(2月)、代表理事組合長に宮永均氏就任(3月)、旅行センター廃止(4月)、JAグリーンはだのリニューアルオープン(9月)

2022年 (R4)

Sun's Gelato(サンズジェラート)オープン(4月)

2023年 (R5)

「はだのじばさんず」来店者1000万人達成(1月)、創立60周年記念式典を開催(8月)

実践活動

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高度経済成長の端緒となる1950年代後半、農業・JAをとりまく情勢の変化は著しいものがありました。
 1963年(昭和38年) 8月、この変化と将来を見つめ市内の5農協が合併、その後1966年(昭和41年) 3月に残る2農協が第2次合併し、事実上「秦野市農協」として誕生しました。これにより農協の基盤がより一層強固となり、事業執行体制が整備されました。
 合併後、策定された最初の計画は1965年度(昭和40年度)に策定された「地域農業計画」でした。この計画は、従来の雑然とした営農形態を秦野に適した作目の振興と農業所得の増加を目指したもので、これに取り組みました。

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 その後、1968年度から72年度(昭和43年度~47年度)までを期間とする「農協長期5か年計画」を樹立し、本所事務所の整備や農業所得の増加等農業生産の近代化対策をすすめてきました。さらに農協合併10周年を迎える1973年度から1975年度(昭和48年度~50年度)を期間とする「第1次総合3か年計画」を策定し、新しい農業への課題、これからのくらしの課題、これに対する農協の対応を3つの柱として協同活動に取り組みました。施設整備では、集配センターをはじめとする組合員の共同施設を設置し、その運営効率を高めてきました。  しかし、1974年(昭和49年)の石油ショックを引き金とした景気の後退は、農協事業に新たな問題を投げかけました。このため、1976年度(昭和51年度)から「豊かな農業と住みよい郷土の建設」をめざし「第2次総合3か年計画」を樹立しました。この計画にもとづき、地域に根ざした活動をより一層強化するため、支所事務所の新築整備をはかり、機能を充実してきました。
 1978年度(昭和53年度)からの「水田農業再編対策」は、コメ生産者に将来への不安と混迷を巻きおこしました。


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 このような一大危機を協同活動により克服し、新しい秦野の農業の構築を目指すため、1979年度(昭和54年度)からの「協同活動強化3か年計画」を策定し「豊かな農業と住みよい郷土をきずく」ことを基本理念に、4つの目標をたて、秦野市農協の基本路線を策定しました。この間、農村地域農業構造改善事業に取り組み、農産物集出荷場の建設等による荷受体制を確立し、農産物の有利販売につとめました。

 1982年度(昭和57年度)からは「第2次協同活動強化3か年計画」を樹立し、この計画では地域農業振興計画を具体的に実現していくため、地区別・作目別振興の2つの面から実践活動をすすめ秦野の振興に取り組みました。
 1985年度(昭和60年度)からは「第3次協同活動強化3か年計画」を樹立し、「豊かな農業と住みよい郷土をきずく」ため組織討議を基本に自主的・多角的に協同活動を展開し、取り組みました。また、農村地域農業構造改善事業の最終年度として85年には農業団地センターを建設し、土づくり対策や地域特産物の育成を目指した農産加工の普及につとめました。
 1988年度(昭和63年度)には、過去の反省を踏まえ「第4次協同活動強化3か年計画」を策定、地域の農業振興計画を具体的に実践するため「5つの運動」を設定しました。また、1988年(昭和63年)5月には「秦野駅前農協ビル」の完成、1989年(平成元年)5月にはJA関連の別法人「(株)協同コンサルトはだの」を設立し、資産管理事業の体制整備をはかり、8月には冷凍ゆで落花生「うでピー」の加工施設を完成しました。さらに新たな課題に対応するため、1991年度(平成3年度)からは「第5次協同活動強化3か年計画」を策定し、諸活動に取り組みました。

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 このような一大危機を協同活動により克服し、新しい秦野の農業の構築を目指すため、1979年度(昭和54年度)からの「協同活動強化3か年計画」を策定し「豊かな農業と住みよい郷土をきずく」ことを基本理念に、4つの目標をたて、秦野市農協の基本路線を策定しました。この間、農村地域農業構造改善事業に取り組み、農産物集出荷場の建設等による荷受体制を確立し、農産物の有利販売につとめました。

 1994年度(平成6年度)からは新たな課題に対応するため、第6次協同活動強化3か年計画を樹立するとともに、市街化区域内農地の面的整備をはかることを目的に「農業のあるまちづくり基本構想」を策定し、市街化区域内の集団農地を中心に各種支援対策に取り組んでいます。
 1995年度(平成7年度)は地域農業の振興をはかるべく提案型の営農座談会を積極的に開催し、販路の拡大と営農意欲の向上に取り組みました。また、高齢者福祉への期待が高まる中ホームヘルパーの養成につとめるとともに、ボランティアグループ「虹の会」が発足し介護活動の一歩をふみだしました。一方、市内農畜産物を広く市民に供給する拠点として特産センター渋沢店を建設し、新たな開店し組合員のよりどころといたしました。さらに、新たな情報化時代に対応すべく信用事業の総合オンラインシステムを導入し組合員の利便性の向上と事務処理の効率化をはかりました。
 1996年度(平成8年度)は、「第6次協同活動強化3か年計画」の最終年度として、都市近郊の立地を生かした地域農業を確立するため、直売や宅配に取組む一方、契約出荷や地元量販店などへの出荷を拡大しました。また、さらなる経営の健全化をはかるべく自己資本を充実するとともに、融資事業の拡大につとめました。

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 1997年度(平成9年度)は、21世紀を見据えた「豊かな農業と住みよい郷土を築く」ことを目指し、『協同・躍進21』JAはだの3か年プランの初年度として、消費者に直結した販売をすすめるため朝市や直売所を開設し、販路の拡大につとめました。また、経営基盤の確立と経営の安定をはかるため、剰余金からの内部留保や資金の運用拡大、「JAグリーンはだの」オープンなど、自己資金の充実と事業の拡大につとめました。

 1998年度(平成10年度)は、創立35周年の節目を迎え、「協同・躍進21」JAはだの3か年プラン2年度として地元農産物の消費拡大をはかるため、「梅」「そば」の加工販売の実施や、健康で心豊かな生活を目指し、9月より訪問介護の取り組み、また、21世紀の農業を確立する新たな基本法の制定に向け運動を展開しました。組合員の要望に応え、葬祭施設「JAセレモニーホールはだの」の運営をはじめました。さらに、創立35周年を記念して各種行事を開催するとともに、写真集「躍進 未来の大地に」を発行しました。

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 1999年度(平成11年度)は、「アジアとの共生」への取り組みとして韓国知道農協との姉妹農協締結を行いました。また、新鮮で安全な農産物を生産するため減農薬・有機肥料による環境保全型農業に取り組むとともに農産物の有利販売を目指し、新たに2箇所朝市がオープンしました。さらに、コンピュータ西暦2000年対応と購買・販売業務の効率化をはかるため新経済オンラインシステムを導入し効率化をはかりました。

 2000年度(平成12年度)は、介護保険制度のスタートと同時にJAはだのケアセンターを開設し、訪問介護事業と居宅介護支援事業に取り組み、高齢者の自立支援と家族の介護に対する負担の軽減につとめました。JAの総合事業力を発揮するため、イントラネット(組織内コンピュータ通信網)をスタートしました。
 2001年度(平成13年度)は、3月に東支所新事務所の竣工、また東給油所・購買店舗をオープンしました。4月には、農産物の販売店舗として西直売センターを開店しました。8月には、郷土の生んだ協同組合の先駆者「安居院庄七」の小冊子発行と本所敷地内に歌碑の建立、新世紀記念モニュメント「大地の刻」を設置しました。10月には、本町支所隣接施設を組合員のいこいの場として「JAさわやか館」を開館しました。

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 2002年度(平成14年度)は、「地産地消」の展開をはかるため、ファーマーズマーケット「はだのじばさんず」をオープンしました。また、高齢者福祉計画に基づく福祉施設建設の研究をすすめました。常勤監事設置による監査体制の充実につとめました。

 2003年度(平成15年度)は、通帳副印鑑の陰影を基に偽造された印鑑での事故を防ぐため、印鑑照合システムを導入した。創立40周年記念誌「天地(あめつち)の詩(うた)」を発刊し、協同活動の歩みと郷土の生んだ協同組合の先駆者「安居院庄七」の特集をまとめました。

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 2004年度(平成16年度)は、高齢者を対象とした福祉施設「JAデイサービスセンターはだの」を県厚生連と連携をはかり、4月1日にオープンしました。秦野産キヌヒカリを「名水はだの米」と命名し、販売しました。

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 2005年度(平成17年度)は、47年の永きにわたり親しまれてきた有線放送が、施設の老朽化や携帯電話の普及により、3月31日で事業を廃止し施設の撤去を行いました。都市農業の明確な位置づけのもと、多様な担い手の育成支援を行政に要請するとともに、担い手支援と鳥獣・荒廃農地対策など効果的な推進支援体制とするため、JA・秦野市・農業委員会の三者でワンフロアー化した「はだの都市農業支援センター」を開設しました。JASTEMシステム移行に先駆け、財務会計システムや電子帳票システム、Compass-JAシステムを4月に導入しました。

 2006年度(平成18年度)は、5月に全国統一の信用電算システム「JASTEM」に移行しました。多様な担い手を育成することを目的に、新たに秦野市と共催による「はだの市民農業塾」を開講しました。

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 2007年度(平成19年度)は、JAはだの女性部が、JAはが野女性会と全国初となる女性組織間の姉妹提携を結びました。
 「はだのじばさんず」では消費者に信頼される店舗づくりにつとめ、オープンからの来店者が延べ200万人を超えました。
 また、JAの組織基盤強化のため、組合員加入運動を継続した結果、組合員が1万人に達しました。

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 2008年度(平成20年度)は、営農体制の充実をはかるとともに、地域農業の振興・活性化をはかるため「都市農業振興計画」を秦野市の支援を得て策定しました。また、地産地消の拠点である「はだのじばさんず」の増築を行い、売場面積の拡張、ポスレジ等機器を更新するとともに、県漁連との協同組合環協同による鮮魚の販売を開始しました。
 また、創立45周年という節目の年を迎え、協同組合の原点「報徳」を広めた秦野出身の「安居院庄七」の記念出版や「煙草音頭」歌碑の建立、記念利用券の発行など、組合員全体で協同の気運を高めました。
 アジアとの共生をさらにすすめるため、秦野市と韓国坡州市の友好都市提携協定に基づき、JAはだのと韓国農協中央会坡州市支部と友好農協締結を結びました。

 2013年度(平成25年)は、創立50周年の年を迎え、創立50周年記念式を開催し、これまで組合員や地域とともに紡いできた協同の歴史を紹介。協同活動の歴史を振り返る創立50周年記念誌「夢を、耕す」を発刊し、全組合員世帯を対象に配布しました。また、「はだのじばさんず」ではオープンからの来店者が延べ500万人を超え、生産者と消費者を結ぶ地産地消の拠点として多くの支持を受けています。
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